Woody Allen

 

ウディ・アレン〈監督・脚本・出演〉
ジェリー役
Woody Allen


1935年、ニューヨーク州ブルックリン生まれ。ユダヤ系の家庭で生まれ育ち、映画、ジャズ、コミック、手品に傾倒しつつ、高校在学中にギャグ・ライターとしてデビュー。その後もライター、放送作家の仕事をこなし、1960年からはスタンダップ・コメディアンとして活躍した。1965年、脚本も手がけたクライヴ・ドナー監督作品『何かいいことないか子猫チャン』(65)で映画俳優として、翌年『What’s Up, Tiger Lily?』(66/未)で監督としてデビューを果たす。
その後も『スリーパー』(73)などのシュールでスラップスティックな喜劇を次々と世に送り出し、1977年には当時の恋人だったダイアン・キートンを共演相手に迎え、都会的に洗練されたラブ・ストーリー『アニー・ホール』(77)を発表。同作品でアカデミー賞主要4部門を受賞し、アメリカを代表する映画作家のひとりとして認知されていった。
1980年代には私生活のパートナー、ミア・ファローと組み、珠玉のラブ・ファンタジー『カイロの紫のバラ』(85)、アカデミー賞8部門の候補となった『ハンナとその姉妹』(86)などを発表。円熟期というべき1990年代に入ってからも『夫たち、妻たち』(92)、『ブロードウェイと銃弾』(94)などの多彩な快作を連打した。
2000年代もほぼ年に1本の創作ペースを保ち、ニューヨークからイギリスに拠点を移した官能的なサスペンス劇『マッチポイント』(05)で新境地を開拓。近年も『それでも恋するバルセロナ』(08)、『人生万歳!』(09)といった作品に、皮肉とユーモアに満ちた独特の人生観を反映させ、新たなファンを獲得し続けている。『恋のロンドン狂騒曲』(10)の次に発表した作品『ミッドナイト・イン・パリ』(11)で25年ぶりの作品賞を含むアカデミー賞4部門にノミネートされ、見事に脚本賞を受賞。日本を含む世界各国で大ヒットを記録し、新たな絶頂期の到来を印象づけた。本作に続く最新作は故国へと戻り、初めて西海岸のサンフランシスコを舞台にしたケイト・ブランシェット、アレック・ボールドウィン出演の『Blue Jasmine』(13)。
 

■ウディ・アレンのアカデミー受賞歴 *本人のみ対象 
[作品賞]アニー・ホール
[監督賞]アニー・ホール
[脚本賞]アニー・ホール
ハンナとその姉妹
ミッドナイト・イン・パリ